Chapter 02
「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」
起業を選択した理由
社会経験を積みたかった大学生時代
20歳の山本さん。成人式の日は大学の試験で帰省できず、大学前で友人と。
「その時期はやりたいと思えることは特になくて、自分の実力で狙える中で一番上位の大学を選び、物理が得意だったから機械工学科にしただけ。普通の18歳だったよ(山本談)
若くして起業されるような方は人一倍早くからやりたいことが定まっているイメージがあったのですが、31歳で起業された山本さんにもやりたいことがわからない時期があったのだ・・・と山本さんに親近感が湧きました。
中学高校は部活動と受験勉強中心の生活だったそうで、大学ではそれまで経験したことのないことをやってやろうと考えた山本さん。大学生時代は学問的な勉強はそこそこ?に、バイトやサークル、仲間との麻雀や恋愛にと、ごく普通の学生生活を楽しんでいたそう。サークルに至っては合計3つの団体(ボクシング部、茶道研究会、テニスサークル)に所属していたとのこと。異色の組み合わせですね(笑)
割烹「磯や」マスターと。2019年会社の飲み会にて。山本さんは大学生当時の割烹店員姿に。
自立心を自覚した本との出会い
この本は、ジャーナリスト兼作家の落合信彦さんが若者に向けて書いた人生論で、「他者他人に頼らないということ。」「自分が欲しいと思ったものは自分の力で獲りに行く、それこそが生きる楽しさである。」といった、自立に根ざした考え方が色濃く書かれています。その後山本さんは落合氏の本をほぼ全て読むことになりましたが、この過程で「自立した生き方をして自由に生きたい」という自分の中にある願望をはっきりと意識するようになっていったそうです。
自立と自律
自宅の本棚の遠目の写真] or[お父さんのオススメコーナーの写真
本との出会いがきっかけで“自分の食い扶持は自分で稼ぐ”生き方がしたいと自覚した山本さんは、「なにでそれを実現するのか?」を考えながら大学時代後半を過ごします。理系学生は4年生になると研究室に所属するのですが、山本さんは1年生のときに受けたプログラミングの実践的な授業が楽しくて印象に残っていたそうで、唯一ソフトウェアを学べるロボット工学のゼミを選択しました。
4年生といえば就職活動真っ只中な時期ですが、当時はバブルの絶頂期であり特に理系学生は引く手数多。さらに当時は「将来ソフトウェア技術者が100万人不足する!」という見出しの記事が出るほどソフトウェアに注目が集まっていたこともあり、山本さんは「ソフトウェアの業界で技を磨いて独立しよう」と考えました。
「ものになるまで給料はいらない」とエンジニアの道へ
技術力が高くてスペシャリストの集合体という印象が強く、どうしてもそこで働きたいと思った山本さんは、最終面接の時に、「給料はいりません。修行させていただいて仕事ができるようになったら給料をいただきます。将来的には独立したいと考えています。とにかく入れてください!」と役員の方たちに熱弁したそうです。
熱意が伝わったのか見事採用が決まり、その会社で社会人としての第一歩をスタートできることになりました。「給料はいらないので入れてください!」と言えること自体すごいのですが、面接の段階で「将来独立したいと考えています。」と正直に伝えるのは勇気がいりますし、自分に自信がないとなかなか言えない台詞だなと思いました。
がんばってから考える
希望する会社に就職した山本さんは、ひたすらエンジニアとしての経験を積む日々を送ります。深夜まで仕事する日も多かったそうですが、できないことができるようになる面白さに無我夢中。楽しかった思い出だけで苦しかった記憶は無いとのこと。そんな中、技術力の高い先輩たちが独立してもうまくいってない姿を見るにつれ「こんなに優秀な人たちでも難しいのなら自分が独立しても食っていくのは難しいだろう。。」と考えてしまいます。また日々の仕事の中で「自分にはエンジニアとしてスペシャリストになるほどではないな・・」とも感じていたそうです。新卒で入社して3年弱勤めた後、この道での独立に見切りをつけました。
キャリアを積まなかったことで得たもの
そこで今度は国家資格で独立しようと社会保険労務士の試験を受け合格、開業資格を得るために個人事務所へ勤めながら実務を学びます。社労士の専門家としてキャリアを2年積みますが、繰り返し作業ばかりで創造性のない仕事を一生続けるイメージを持つことができず、ここでもまたキャリアを捨てることになりました。
その後は後継者問題に直面していた製造業の中小企業から誘われ社長候補として入社してみるものの、途中入社の何も知らない素人がいきなり社長候補か・・、と他の従業員との距離感が拭いきれず悩まれることもあったそうです。1年半続けてみたものの「人が作った会社を受け継ぐのは違う。ゼロから何かを生み出すことにこそ価値があるんだ!」と気づきます。
「20代のほとんどの人は自分が何をしたいのか、何ができるのか、なんてわかってないはずだよね。考えて悩んでいるより、動いて失敗することで自分自身が何者なのかが見えくるんじゃないかな。もちろん毎回真剣に自分の将来を考えて動いていたはずだけど結果的に今は違うことをしてる。学びがあったとすれば、自分に適正が無いものや興味が無いことをひとつづつ切り分けていった20代だったのかもしれない。(山本談)」
失敗しよう!失敗無き人に行動は無し
最終的に、インターネット分野での起業にあたり、最初の会社でのプログラミングスキルが強みとなり、活かされる結果になりました。
「3年弱の期間、真剣に我武者羅に覚えたスキルだから残っていたんだと思う。辞める時はこの世界に戻ってくるなんて考えてなかったはずだけど、7年のブランクにも関わらずすぐにプログラミングスキルが蘇ってきた。学べる環境を与えてくれた会社と仕事を教えてくれた先輩方には感謝だね。(山本談)」
教える仕事に適性が無いということ、社会保険労務士としての労務の知識、社長候補としての苦い思いも経営者になるには損はない経験だと思いますし、積まなかったキャリアたちは山本さんが自分に正直に向き合って軌道修正してきた証だと思います。また一度掴んだキャリアを惜しげも無く手放せるということは、新しいことに挑戦する自分を常に信頼していた証でもあるように感じました。
「あまり他人と比較しない性格が幸いだったよ。高校受験や大学受験、就職活動してる頃を思い出してみても、選択の過程で他人がでてきたことは思い出せない。20代の動き方にしても、世間やまわりと比較してたら明らかに道を外してるわけで、比べてたら焦りも出てたと思う。上とか下とか見ないで前だけ見る。人と比べない人生は変なストレス抱えないからラクだよ。その分は自分と戦うことになるけど、自分に厳しすぎても折れるから6割できれば合格としてるからね。(山本談)」
起業を選んだのは自立心と体験欲から
山本さんにとって起業という選択は、自分の食い扶持を自分で稼ぐ手段であるのと同時に、経験したことのないことを経験することができるという、体験欲を刺激する手段でもあったようですね。一般的には起業する人は、大きなお金を稼ぎたい、有名になり歴史に名を残したい、社会にインパクトを与えたいなど、いわば外向きの動機であることが多いと聞きますが、山本さんの場合はこれらいずれでもなく、自分と対話し自分に向き合う「内向きの動機」とも言える気がしました。
Chapter 01
Chapter 02
Chapter 03
Chapter 04
Chapter 05
Chapter 06
Epilogue